サルにもわかるフッサールの現象学講座2
9 名前:>4[] 投稿日:2000/01/24(月) 00:05
「現象学の出発点は主観が客観とイコールになることは絶対に無い」って嘘だと思うんですけど。
エポケーというのは「真理はない」というテーゼを認めるということではなくて、
普段当たり前にあるものとしている事物や世界の存在をとりあえず括弧に括っておいて、妥当現象としてのみ考えて認識批判をやろう、という操作のことです。
「判断中止」と言ったりもします。
ちなみに主観・客観の問題についてのフッサールの考え方は、
基本的には客観は超越論的主観性によって志向的に構成される、というものでした。
ただし後期になるとフッサールは「受動的総合」とか言い出して、若干
ニュアンスが変わってきますが。